どりふてぃんぐそうる

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2023年9~12月履修コンテンツ PLUTO/マリオRPG/バンドリMyGO/ブラックジャック創作秘話etc

 

アニメ

逆境無頼カイジ

逆境無頼カイジ 破戒録編

進撃の巨人 The Final Season完結編(後編) 

Bang Dream! It's MyGO!!!!!

ウマ娘プリティダービーseason3

シャングリラ・フロンティア

アンデッドアンラック

呪術廻戦二期(2クール目)

Dr.STONE NEW WORLD(2クール目)

16bitセンセーション ANOTHER LAYER

PLUTO 

ラブライブ!蓮の空女学院スクールアイドルクラブ(1~13話)

 

ゲーム

スーパーマリオRPG

イカゲーム

ポケモンSV 碧の仮面

 

漫画

メイドインアビス(1~12巻)

アンデッドアンラック(1~15巻)

来世ではちゃんとします(11巻)

べしゃり暮らし(1~3巻)

ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~(全5巻)

 

映画

劇場版天元突破グレンラガン紅蓮編

劇場版天元突破グレンラガン螺巌編

 

書籍

美術の物語

世界アート鑑賞図鑑

ウザク式麻雀学習牌効率

 

ピックアップ

PLUTO

尻切れトンボの印象がある浦沢直樹作品ですが、原作ありなので綺麗に纏まっていてダレずに楽しめました。軽くストーリーを紹介すると、アトムを始めとする世界最高の人工知能を持つ7体のロボットを破壊して回る謎の存在「PLUTO」をロボット刑事ゲニヒトが捕まえようとする話です。ジャンル的には一応ミステリーに区分されますが、謎自体はストレートです。ただ本作の真骨頂はミステリー部分ではなく世界観やテーマ性にあります。ロボットが人権を持ち人と同じように家庭を持つ『鉄腕アトム』の世界観を踏襲しつつ戦争や愛について語る、考えさせられるシナリオになっています。全体的に強固な反戦思想が作品を貫いていて、そこから戦争による憎悪の処理の問題が提起されています。この憎しみの連鎖をどうする問題、今でこそ『NARUTO』や『進撃の巨人』でよく耳にするテーマですが、これを何十年も前に書き上げた手塚治虫が天才すぎます。結局マクロに憎しみの連鎖を断つことは難しいので祈るしかないという結論はまんま『NARUTO』と同じなので、この手の問題に関しては『PLUTO』こそ古典でありパイオニアです。もしかしたら僕が無知なだけでさらに先駆者がいるかもしれませんが・・・・。

 

 

美術の物語

そろそろ教養として美術も齧っておいたほうがいいだろうと思い読みました(本当はエロゲに影響されただけ)。美術史には常に流行りの思想があって、そのメタとして新たな思想が台頭してくるという構造が哲学史と同じです。美術史を語るには宗教や哲学も最低限抑えておいたほうがいいです。大きく分けて、近代あたりまではキリスト教を軸にメタが回っていて、それ以降は流行りの哲学や思想をベースに美術思想も変遷しています。そのため美術史を語るには宗教や哲学も最低限抑えておいたほうがいいです。

この本はそういった知識ゼロの人にも分かりやすく解説してくれるので入り口としてはベスト。特にいいのがメタの変遷を丁寧に説明しながら有名どころの画家や絵画を拾えるので入り口としてオススメの一冊です。

 

 

世界アート鑑賞図鑑

次に読んだのがこれで、難易度としては『美術の物語』より一段上がります。美術史の基礎は知っている前提で、個別の絵画について解説してくれます。『美術の物語』は絵画を通して美術史について語る本ですが、こちらは個別の絵画の技法について語る本なので、個人的には副読本といった印象です。大抵画家一人につき1~2枚は代表作があるのですが、この本は解説する作品が絶妙にメジャーどころを外しているので先述の本とセットで読むと幅広くカバーできます。

この2冊の知識だけで美術館に行ってもまあまあ楽しめました。とはいえ、これではまだ美術の基礎の基礎の基礎なので、これから各論を学んでいきたいところです。

 

 

スーパーマリオRPG

名作名作と言われまくっているのでリメイク版をプレイしましたが、正直過大評価では?と思いました、体感70点くらい。マリオをRPG化する際に他の同ジャンルゲームとの差別点としてアクション要素を取り入れたのはよかったです。フィールド移動から戦闘、イベントシーンに至るまでそこかしこにコマンドアクションやミニゲームが挟まるのはマリオならではで、ゲーム全体の雰囲気をカジュアルにする役割を担っています。しかし肝心のRPG部分がワンパターンで、敵も色違いで水増ししたりシナリオが単調だったりと飽きやすいのがネック。かなり昔の子供向けゲームだからと言ったらそれまでですが、世間の評価はかなり思い出補正が入っていると思います。ストーリーが短めで周回プレイ前提なので、娯楽の少ない子供時代にプレイしている人が名作と評価するのは頷けます。

 

 

Bang Dreams! MyGO!!!!!

全く注目してませんでしたが、いざ見てみると今年上位に入る面白さでした。チート転生モノのようなストレス要素を抹消する作品が流行っている昨今の傾向に抗い、終盤までずっとギスギスしている美少女バンドアニメ。僕がこのアニメを評価しているのは別に逆張りだからではなく、不和の理由とその回収の仕方が抜群に上手いからです。彼女たちは属性こそ異なれど、各人が自己中心的であるがゆえに対立しています。理性的に対話をしようにもそれぞれの目的が相容れないものであるため、まとまるどころか空中分解してしまいます。結局、彼女たちは強引に一緒にライブをすることでようやくバンドとしての一歩を踏み出します。これは一見するとご都合主義に見えかねない展開ですが、対話で和解できないのなら和解することを放棄する、各自の思想は認めないし同じ目的は持たないけれど一緒にいるのは許容するという革新的なアプローチと言うこともできます。古典的な言い方をするなら、これは大きな物語が失効し個人主義が加速する時代においてのひとつの回答であると思います。二期もあるみたいなので楽しみにしています。

 

 

ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~

こづかい万歳の作者の有名作。手塚治虫にまつわるエピソードを、編集者や親族など彼に関わる人物の視点で描いたノンフィクション作品。二人称、あるいは三人称視点という性質上手塚治虫の負の側面も包み隠さずさらけ出しているのがいいですね。僕自身手塚治虫は好きだし尊敬もしていますが、彼に関わる人間すべてがそう思っているわけではありません。手塚の狂気的なプロ意識は読者視点だといい作品が読めるメリットに映りますが、編集者からすると余計な仕事まで取ってくる上にいつも締め切りギリギリにならないと原稿が上がらない、あるいは原稿を落とす事さえあるクソ漫画家という評価に繋がります。実際彼の悪癖でクビになったり離婚したりする編集者も登場しています。

そして読み進めるにつれて手塚の功績は昭和の時代性によって生まれたものだと実感します。手塚の作業環境は残業どころか徹夜も常態化する超ブラック労働環境で、周囲の誰もそれについて言及しません。アシスタントや編集者含め最も苛烈に働いているのが手塚自身なので誰も文句が言えないんですね。毎日1時間程度の睡眠で移動中の飛行機やタクシー内でも漫画を描くような生活を続けたせいで彼は60歳で逝去してしまいます。現代基準で言うとこれは漫画家失格と言わざるを得ません。今はワンピースの作者でさえ身体を労わって月1度休載する時代。精神論ではなく科学的根拠に基づいてワークライフバランスを保って仕事をするのが作家・編集者双方にとって良い結果をもたらすことが認知されています。結果読者が割を食いますが、現代ならある程度理解を得られる環境になってきています。しかし当時はお客様は神様理論が神聖視されている風土があり、結果的に重労働が許容され、良くも悪くも手塚の働き方が大多数にとって支持されてしまった。もし現代に手塚が連載してたら「もっと休め」と心配するファンのツイートがトレンドになったり、編集者が現場の声を発信して炎上したりするんだろうなあと思います。

 

 

ラブライブ!蓮の空女学院スクールアイドルクラブ

youtu.be

liveindead.hatenablog.com

書きました。これを投稿した後もリアルライブとリンクして作中大会の予選をやるなどとにかくリアルタイムで追うコンテンツであることに特化した展開をしていてアツいです。じわじわと人気も出てきているので、将来的には革命を起こす可能性のあるコンテンツだと思うので今のうちに履修することをお勧めします。

 

 

2023年総括

生活におけるアニメが占める割合が徐々に減っていった年でした。アニメがつまらなくなったのか単に老化なのか分かりませんがオタクではない何かになりつつあるのかもしれません。

あとはサクラノ刻に影響されて美術の勉強をしたり上京して美術館巡りをしたりと文化的な趣味を発掘した年でもあります。起点が大体オタクコンテンツ経由とはいえ多趣味になっているのはいいことですね。来年もよろしくお願いします。

 

2023年5~8月履修コンテンツ ポケスリ/氷菓/BORUTO/来世ちゃんetc

本当は9月には投稿している予定でしたが遅れに遅れて年末の振り返りみたいになってしまいました。来年は遅れずに投稿したい(素振り)。

 

アニメ

氷菓

アイドルマスターシンデレラガールズU149

Dr.STONE NEW WORLD

機動戦士ガンダム水星の魔女第2クール

鬼滅の刃 刀鍛冶の里編

推しの子

ウマ娘プリティダービーROAD TO THE TOP

呪術廻戦二期

BLEACH千年血戦編決別譚

幻日のヨハネ

無職転生3期

うちの会社の小さい先輩の話

好きな子がメガネを忘れた

 

ゲーム

ゼノブレイド3 新たなる未来

ゼルダの伝説 TEARS OF THE KINGDOM

ポケモンスリープ

 

漫画

BORUTO(1~20巻)

来世ではちゃんとします(1~10巻)

 

ピックアップ

ゼノブレイド3 新たなる未来

かなりよかった!過去作キャラの成長した姿というのはやはり感慨深いものですね。ファンサービスが充実しているだけでなくシステム面も進化していて、ザコキャラ撃破やドロップアイテムの獲得に報酬を設けることで探索を飽きさせない作りになっています。適当に遊ぶだけでこまめに気持ちいい音が鳴って褒められるというのはプレイヤーとしてはかなり嬉しいので満足度が高いです。過去作と比べればUI周りもかなり改善されていて、ボリュームが多い本シリーズで挫折させない多くの努力が見て取れます。総じてシステム周りの不満点が皆無で充実したゲーム体験が約束されています。

シナリオ面においてですが、ゼノブレシリーズは神と人間の戦いを描いており、今作もその方針は一貫しています。構造としては神サイドには無限(永遠性)、唯一性、超越性の要素があり人間サイドはその逆の要素で対比されています。本DLCでは『ゼノブレイド1』で味方の神であったアルヴィースと思想の違いで対決するシナリオとなっています。アルヴィースと主人公マシューらは良い未来を作りたいという意味で思想が一致していますが、神の超越的な力で確定した未来を作ろうと画策するアルヴィースにマシューらは異を唱えます。未来は人間それぞれの手でつかみ取るものであり、不確定な未来こそあるべき姿であるという実に少年漫画らしい思想はシリーズで一貫しており、本作でも方向性は同じです。独善的な未来の創造で人間の支配を企む『1』のザンザ、世界に絶望し未来を破壊しようとする『2』のメツ、未来ではなく永遠の「今」を生きようとする『3』のメビウスときてアルヴィースとは「どんな未来を作るか?」で争うわけですね。その点で「望む未来をつかみ取れ」というキャッチコピーは今作を象徴していますね。ゼノブレシリーズにおける神とは無限の寿命を持ち圧倒的な力を持つ個体という点で超越性を有し、世界を思うままに創造することが可能です。一方で人間は有限の寿命に加え各個体は非力で、複数個体ゆえに争いを繰り返しています。書き出すと人間が不完全でカスですが、ここで「継承」のモチーフが顔を出します。考えてみると継承って神には許されない人間の特権なんですよね。世界は不確定でゆらぎがあるが、世界が良くなるようにと時間や空間を超えて多くの人間たちが努力する行為に美しさがあるという人間賛歌が根底にあります。長くなりましたが、要するにエイが可愛いってことです。

 

 

ポケモンスリープ

 

意外に面白い。まずこういう新規性のあるタイトルを手に取るにあたって、ポケモンという下地があるのが強い。ゲーム自体に興味がなくてもポケモンだし触っとくかという層は一定数いるし、その逆も然りなのでとにかく間口が広いです。

肝心のゲームの内容ですが、本家の要素をうまく落とし込んでいるのがグッド。このゲームは「ポケモンの寝顔を多く集めること」が最終目標なんですが、その過程で「ハイスコアをとる」「強いポケモンを育成する」ことが要求されます。この3要素は本家ポケモンだと「ポケモン図鑑完成」「ポケモン対戦でレート上位になる」「ポケモンの厳選・育成」に対応します。本家ではこれらは薄い繋がりはあるものの独立したコンテンツである一方、ポケスリだと全てが連結しているのでどこを目標にしても同じ結果に行きつくという設計が上手い。そしてそのためには良い睡眠が必要という要素を土台に据えているシステムが秀逸です。

 

 

氷菓

千反田えるの可愛さを10年遅れで知って視聴。えるたそだけアニメかと舐めてましたが内容も凡以上はあってなんなく完走できました。突出した神回があるわけではありませんが、コンスタントに中の上くらいの点数を取ってくる作品。僕がミステリーに触れていない無知なだけかもしれませんが、人が死なない日常ものというのは意外と珍しくてGOOD。国民的ミステリーと言えばコナンを想像しますが、あいつら涼しい顔して生活してるわりに毎週のように死人が出てくるハードな世界観なので、氷菓のように本当に平和なミステリーがあるんだと少し感動しました。死人が出ない、すなわち話のスケールが小さいことは、毎週出される謎がより身近に感じられるという利点もあります。殺人事件のトリックなんて経験がないから推理は難しいですが、校内放送での生徒の呼び出し理由を推理するくらいなら視聴者でも何とか分かりそうな気がします。少なくともコナンで毎週トリックを考える層より氷菓の謎解きをしている層の割合の方が高そうです。完全に推測ですけど。

 

 

BORUTO

中盤からかなり面白い展開。ナルトの子供世代を活躍させるにあたって強キャラのナルトやサスケが弱体化させられるのですが、敵は全盛期のナルトでも勝てない強さをしていてどうするのか注目して読んでいました。この問いに対しボルトが修行して強さをインフレさせていくのではなく、口八丁で仲間に引き入れるというアプローチを取るのが興味深いです。「わかるってばよ」というセリフに代表されるように、『NARUTO』時代から話し合いによる解決は繰り返されていたので、今回のそれにも特に違和感はありませんし、インフレ回避という意味でも上手い展開です。

NARUTO』は「憎しみの連鎖をどう解決するか?」がテーマの一つであり、最終的に完全に憎しみの連鎖を断つのは難しいけれど、話し合いを重ね解決できると祈ることが肝要だというアンサーを提出しています。『BORUTO』の敵は悲壮な過去や分かり合いの余地のない、話し合いが通じない宇宙人です。彼らを強さで屈服させることは難しく、話し合いも困難を極めるため最後にどう落としどころを見つけるのか楽しみにしています。

 

 

ゼルダの伝説 TEARS OF THE KINGDOM

さすがにそこらのゲームとは格が違うクオリティです。ブレワイと基本線が同じあることを加味しても2023ナンバーワンタイトルでしょう。日陰に入ると体温の上昇が抑えられる(しかも雲の流れで日陰の形が変化する!)とか、村民やモンスターを観察しているとキャラクターによって異なる生活感があるとか、資金力があるだけあってオープンワールドの完成度が非常に高いです。ただ広いマップがあるのではなく、そこにリアリティのある世界が丸ごと展開されているのが真のオープンワールドだと感じます。

マップも広いだけでなく適度にイベントやタスクが配置されていて飽きさせない仕組みなのもさすが。今作は地底や空中まで行動範囲が拡大しますが、別に行かなくてもクリアはできるのでゲーム初心者にも優しくてグッド。異常な作り込みと幅広い層をターゲットにする工夫であらゆる層を満足させる神ゲーです。

 

 

来世ではちゃんとします(原作)

今年読んだ漫画のなかでも上位に入る個人的ヒット作。20代の社会人の性にまつわる群像劇なのですが、かなり生々しい話をコミカルに描ける手腕がすごい。作者はTwitter漫画家出身なだけあって、童貞からヤリチンから風俗嬢から風俗狂いからメンヘラから犯罪者までタイムラインでよく目にするトピックに関わるキャラクターが多いですが、そんじょそこらのTwitter漫画家とはプロット作りの格が違います。各属性への理解度が高く誰かしらには感情移入できるキャラクター造詣になっているので性経験のないオタクにもオススメです。一応4コマ漫画という形式を取りますが、最初は点だったキャラクターたちが次第に線で繋がっていき、複雑な人間関係になって苦悶する様は普通にストーリー漫画としてもクオリティが高いです。

 

【ラブライブ!】『蓮ノ空』の感想 献身するアイドル達の輝き

ラブライブシリーズも10年以上続く長寿コンテンツとなりましたが、今年さらに新プロジェクトがスタートしました。それが『蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ』です。シナリオもよかったですが、何より本作は昨今のVtuber文化とラブライブのコンセプトを融合させた作りになっているところが魅力です。せっかく履修したので古参ラブライバーとしての視点も踏まえ感想を書いていきます。

『蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ』は従来のテレビアニメではなくYouTube配信または専用アプリでシナリオが進行する形式を取ります。3Dモデルを使用しているもの立ち絵を使った会話劇が中心となっているため、ソシャゲでストーリーやノベルゲームを遊んでいる感覚に近いです。各話60分程度で現在13話まで公開されています(この記事を書いている途中で14話が公開されたらしいですが、未読なので13話までの内容について触れていきます)。アプリのゲーム部分は遊んでいません。

 

 

推しは推せるときに推せ(余命:在学期間)

μ'sの「今が最高!」って歌詞、シリーズ全体を貫く柱になっていて好き

乱立する二次元アイドルコンテンツにおいて、ラブライブシリーズとそれ以外との大きな違いは、それが部活ものであるか否かという点でしょう。推しという概念が浸透しアイドルが個人の依存先にまでなっている昨今、できることなら好きなアイドルには永遠に活動してほしいと思っている人が多いはずです。AKBでもアイマスでも何でもいいですが、ハナから卒業を匂わせてデビューするアイドルは存在しません。熱心なファンは推しに自己の実存を仮託してるのにポンポン辞められたらたまったものではないので。

一方ラブライブシリーズはアイドルものであると同時に部活ものでもあり、引退や卒業という概念があらかじめ組み込まれています。初代のμ'sは矢澤にこら先輩の卒業と同時にユニットは解散しファンの涙を誘いました。以降の続編でもアイドル活動期間=在学期間という、時間の有限性にフィーチャーした作りとなっていることが多いです。限られた時間の中でいかに廃校の阻止や全国優勝といった目標を達成するか、そしていかに美しく最期を飾るか、という刹那的な美学がラブライブシリーズには通底しています。

つまり、ラブライブシリーズでは一般的にアイドルに求められる無時間性に逆行して有限性を尊重していると言えます。

 

補足:部活ものの漫画でも有限性の美学は頻出です。大体の学生スポーツ漫画って「今のメンバーで戦えるのは今年だけ」と言って「負けられない戦い」になりがちです。実際は主人公は1年や2年であることが多いので翌年も挑戦できるのですが、大切な先輩を優勝に導きたいという感情的な理由や主要メンバーの抜けた翌年度は描きにくいといったプロット上の理由で背水の陣とならざるを得ません。ラブライブはどちらかというと部活ものに近いのでこの法則がそのまま当てはまりますし、それが直接的に感動に繋がります。何だかんだ愛着のあるキャラクターの喪失体験ってストレートに泣けます。

 

 

バーチャルに見せかけた超リアルコンテンツ:二重の時間性

公式Twitterアカウントのヘッダー

ラブライブシリーズのもう一つの特色として作中の出来事と現実のリンクが挙げられます。またもμ'sを引き合いに出しますが(一番詳しいのがこの時代なので許してほしい)、劇場版でμ'sが完全に引退したすぐ後に最後のリアル声優ライブが行われ、僕を含め当時のファンは誰もが号泣しました。これはやはり僕たちファンが作中の彼女たちと同じ感情を追体験したことが大きいんだと思います。初代が起こしたのが時間のリンクとするなら二代目のサンシャインは空間のリンクになります。作中でも沼津はいいとこと主張しまくり、リアル方面でも舞台となった沼津を強烈にプッシュし完全に聖地化しました。

ここでやっと『蓮ノ空』の話ですが、このシリーズは時間のリンクを先鋭化したコンテンツと言えます。上に貼っている公式のヘッダー画像の内容が全てなんですが、どうやら『蓮ノ空』では作中の時間と現実時間がリンクしているらしいです。要するに今年の4月にコンテンツがスタートしたから来年の3月にはメンバーは進級し新入部員が入ってくるし、さらに一年経過すると初期で先輩だったメンバーは卒業して引退するわけです。これってすごく画期的であると同時に危険な試みです。確かに追体験に伴う感情移入という点においてはこれ以上のものはないですが、アイドル的な観点から行くとデビュー時点から引退時期が分かるというのは諸刃の剣です。

 

しかももう一つ凄いのが『蓮ノ空』はバーチャルであることをウリにしている点です。確かにYouTubeの配信はアバターがやってるし、配信でのライブはアバターが躍っている。この辺はかなりVtuber的で現代にアップデートしてきた感があります。

ホロライブでも何でもいいので適当なVtuberを想像してもらいたいんですが、バーチャルであることの利点ってリアルと切り離せる点にあるわけじゃないですか。演者がどんな容姿をしていても加齢で衰えてもアバターの見た目は変わらないし、デビューから何年経とうがアバターは年を取らない。そういう無時間性が先述のアイドルコンテンツの需要・構造とマッチしているからVtuberもアイドル化しているわけです。『蓮ノ空』はそういったバーチャルの利点を一つ捨ててあえてリアルタイム路線で勝負していることが凄い。

そういう意味で『蓮の空』はバーチャルであることを標榜しながら同時に最もリアリティを伴うシリーズということができます。ここが本作の要石であり面白いところなんですが、めちゃくちゃ攻めてるなあ。

 

補足:タイトルの二重の時間性というフレーズは「学校の卒業=アイドル引退」というタイムリミットと「現実と同調して作中時間が進む」というリアルタイム性の二つを総合しています。これどっちかだけなら延命可能なのでそこまで珍しくありません。ソシャゲなんかは割とリアルタイム性があって、当初JKガールズバンドコンテンツだったバンドリはどうなるかと思ったら普通に大学生編やってるらしいです。もうやってないけど。ソシャゲでもアイドルでも何でもいいですが、人気が出ている限り商業的にはコンテンツを延命するじゃないですか。その方が双方嬉しいし。だから『蓮ノ空』みたいにここまで時間に縛りのあるコンテンツってかなり珍しいです。

 

 

グループから個人を推す時代へ

村野さやかさんに投げ銭したい

ここ10年くらいで個人にフォーカスする時代が進んだと肌感覚で分かります。良く言えば人権意識が向上し少数派の個性も尊重する風潮になったと言えるし、その裏返しで色々な問題も起きています。アイドルで言えばオタク層を突き抜けて一般大衆に浸透しつつある「推し」という単語だってそうです。「推し」が個人を指し示す単語であるからこそ、それを拡張して「箱推し」という単語が生まれてくる。アイドルグループでもホスト集団でも何でもいいですが、特定のコミュニティがあったとしてもその中の個人を抽出して応援する、という風潮になりつつあります。

ラブライブシリーズもその影響を受けてかシリーズを追うごとにスタイルが変わっています。『無印』や『サンシャイン』時代は「廃校の阻止」や「全国優勝」といったグループや学校全体で取り組む大目標がありましたが、時代と共にそういった大きな物語は共感を得づらくなったのか『虹ヶ咲』では徹底した個人主義の方向に舵を切っています。彼女たちは同じ学校の同じクラブに所属する仲間ではありますが、同じ目標を持つわけではありません。各自がソロアイドルとしていかに自己実現するか、というストーリーになっているところが時代を押さえています。だから彼女たちは全国大会には出場しないし学校が廃校の危機にも陥らない。大きな物語から小さな物語への転換という意味で『虹ヶ咲』を結構評価しています。

『蓮ノ空』もこの傾向を引き継いでおり、彼女たちは部員6人で全国大会を目指すものの、全体グループではなく二人組ユニット3つで個別に競う、というスタイルを取ります。またメンバー個人個人が配信チャンネルを持ち個別に配信を行っています。完全に個人活動に注力しているわけではないですが方向性としては『虹ヶ咲』的ですね。特に配信のくだりは作中だけに収まらず現実に行っているので、メタ的にも面白くバーチャルの利点を生かしていると言えます。生配信のリアルタイム性も、YouTubeチャンネルへの移行という集団から個人へのスライドもVtuber的で時代に即しているし『蓮ノ空』のコンセプトも満たしている。展開が上手くて感動します。

 

やっぱり僕は村野さやかさんが好きです

高校1年生(人生2周目)

ここまで本作のシステムの話ばかり長々と語ってきましたが、そろそろ本編のストーリーの話をします。ストーリーの話を見ていて(読んでいて?)まず思ったのは、「メンバーが他部員のこと好きすぎだろ」ということです。これはラブライブに限らず美少女萌えコンテンツなら大体そういう傾向なのですが、『蓮ノ空』メンバーは各位があまりに献身や自己犠牲の精神が高いところがポイントです。先輩二人はお互いがお互いを大事に思うあまり他校からのスカウトを断りキャリアを諦めるし、1年生のさやかは姉のためにスクドルになり、金髪のルリちゃんは慈のために留学したり帰国したりするし、生徒会長は部のためにスクドルをせず裏方に回ることを決意します。個別に切り取るとまあアニメでよくある話かもしれませんが、ここまでつらつら語った『蓮ノ空』の独自性も加味すると意味合いが変わってきます。

スクールアイドルは高校在学中しかできないので最長3年です。しかも『蓮ノ空』はリアルタイムと連動しているので作中時間の引き延ばしによる延命も不可能です。時間制約が他のコンテンツと比べ厳しいので、彼女らにとって一日一日の価値は相対的に重い。彼女たちのキャリアには強烈な縛りが課されています。だからよそ見せず目標のために日々精進する必要があるし、キャリアを一部でも断念することは相当な覚悟を意味します。

また、いかにセルフプロデュースをして個人に注目を集めるか、推されるかが重視される現代において、献身や自己犠牲というワードは縁遠くなりつつあります。むしろ他人に不用意に干渉せずあくまで個人の幸福を主張するような時代性においてこそ、逆説的に滅私の困難さも浮き彫りになってくるものです。

であるならば、蓮ノ空メンバーに共通する自己犠牲精神は重大な意味を持つはずです。彼女たちだって全国優勝したいしスクドルとして高みを目指したいという思いはあります。けれど部員や部活や学校への愛情がそれを凌駕するというのはラブライブシリーズらしくていいですね。個人主義へ誘導することで結果的にコミュニティの価値を担保するストーリーテリングに脱帽です。

ただ彼女らの献身性は、12話において生徒会長の「なぜスクドルをやるのか」という問いによって非難されます。花帆やルリちゃんは自己プロデュース力に秀でているので自分のためである理由も難なく答えることができますが、姉のために始めたさやかさんは中々答えられません。ここから紆余曲折ありますが最終的に彼女が提示した答えは「みんなの期待に応えたいから活動する」というものでした。個人的にはこれかなりすごくて、活動理由という極めて個人的な命題にも自然に他者を絡ませていること、これまで擦っていた自己→他者の矢印の「奉仕」「献身」と逆の矢印なのにやっていることが同じで一貫していることを一文で説明しているんですよね。しかも日々先輩のお世話(介護)をしていたり姉のためにスクドル始めたという動機を知っているプレイヤー視点だとそれが嘘でないことが明らかだしキャラ的にもブレがない。僕らがそれを知っているのも日々彼女らの配信を見ているからというメタ的な裏付けも取れていて隙がない。脚本上手すぎィ!別に自己犠牲がなんでも素晴らしいとは言わないですが、ここまで書いてきたようにこの作品の時代性、背景を知っているとさすがに褒めざるを得ません。

 

以上、僕が村野さやかさんを好きな理由についてでした。今後も『蓮ノ空』を応援しています。ちなみに「蓮ノ空のこと好き好きクラブのみなさん」とかいうダサすぎるファンネームはマジでこのままいくんですかね・・・?

 

理のカタン、情のカタン

ボードゲームカタンに最近ハマっています。学生時代にそこそこやってはいましたが、最近熱が再燃して知り合いのコミュニティに入れてもらい日夜プレイしています。

カタンガチ勢ではないので最先端の環境とかは知りませんが、Twitter上に流れてくるカタン関連のブログ記事を読むと初期配置考察が多いので、逆張りで別のテーマで書いてみます。まあカタンで最もロジカルになる部分って初期配置ですし、実際初期配置でゲームの半分は決まると言っても過言ではないので初期配置考察が大切なのは事実です。ですが要素の残り半分、そのうちの大きな割合を占めるのは「交渉」だと考えています。なので今日は交渉をテーマに書いていきます。今回の内容はボードゲーム全般に言えることですが、基本的なカタンのルールは確認しておくのがベターです。以下に公式ルールのリンクを貼っておきます。

www.gp-inc.jp

 

 

 

 

1on1対戦ゲーム:正しさ=強さ

僕は元々ポケモンとかシャドバとかの1対1の戦略型対戦ゲームの出身で、そのタイプのゲームで勝つためには「いかに合理的で正しい選択を取り続けるか」が重要視されます。多少の運要素に左右されはするものの、80%正しい選択を取れるプレイヤーは50%しか正しい選択を取れないプレイヤーよりも長期的な勝率は高いでしょう。そして正しい選択を取るためには論理的に物事を判断する必要があって、それは毎ターンの選択であったり試合全体の大局観だったりします。

例えばポケモン対戦なら目の前のポケモンにだけ効果抜群で通る技よりも相手が交代したとしても通る技を出した方が勝ちに繋がります。相手がどんな行動を取ったとして対応できる合理的な行動を選択することが肝要です。そのため対人ゲームで強い人はロジカルな思考をする能力に長けていて、高学歴の人も多い傾向にあります。

ポケモン、シャドバ、将棋、格ゲーなどいわゆる対人ゲームと呼ばれるジャンルでは、目の前の人間は倒すべき対戦相手でしかなく、勝敗はゲームシステムのみに左右されるのでロジカルに正しい選択を取ることこそが強さです。

 

 

ボードゲーム:正しさ≠強さ

カタンは4人のプレイヤーが一つの島にテリトリーを築きながら自身の土地を発展させ、10点獲得することを目指すボードゲームです。資源の調達はダイスの出目によって決まり、集めた資材で家や都市を作り点を稼いでいきます。最終的に一人が勝ち残り三人は敗北するルールですが、試合中の交渉や協力は認められています。

この「交渉」という要素がミソで、先述の対戦ゲームにはあまりない要素です。今でこそオンラインでやることもありますが元来ボードゲームはオフラインで面と向かってプレイするものです。目の前の相手は敵対するプレイヤーですが、場合によっては協力相手でもあります。となるとこれは論理の問題であると同時にコミュニケーションの問題でもあるわけです。人間は全員が合理的ではないので、対戦ゲームと違って合理的な選択が正しい選択とは限りません。正論を言っていても聞き手にとってはムカつく内容であるかもしれないし、同じ内容であっても誰が発言するかで受け取り方も変わってきます。もちろんある程度合理的な選択をしないとボドゲは勝てませんし、強い人ほどロジカルなのは共通しています。ただし論理だけでは勝てないのがボドゲの難しさであり面白さであるわけです。

 

 

長期利得と短期利得

ゲームにおいて論理的に思考するというのは、長期的な視点で物事を俯瞰できるという要素を含みます。それはカードゲームなら大局観と呼ばれる概念で、例えば最終的に勝つために特定のターンでは痛手を負ってでも準備をする必要がある、という感じですね。大局観が分かっているプレイヤーは長期的な利得(勝利)がどうすれば得られるか分かっているので、短期的な利得(目の前のターンの損得)を必要に応じて放棄することができます。

一方で非合理なプレイヤーほど目先の損得に囚われる傾向にあります。先ほどのカードゲームの例で言えば、とりあえず今のターンで優位が取れていれば勝てるだろうと漠然と考えている状態です。

この利得の考え方は当然カタンにおいても有効です。カタンにおける大局観は大きく二つあり、一つは「この配置ならどういうふうに点を稼いで勝利するか」、すなわち「自分の長期利得の獲得」です。例えば初期配置で麦・鉄・羊が多く取れるプレイヤーはカード・都市化戦法をすべきだとか、鉄が取れない配置なら開拓地を多く立てて最長交易路を取って点を稼ごう、といったプラン立てですね。

そしてもう一つは「他プレイヤーをいかに優位な状況に立たせないか」、つまり「他人の長期利得の妨害」です。こちらはモロに交渉が関わる概念ですね。例えば次のターン最長交易路を獲得して勝利しそうなプレイヤーAがいれば、別のプレイヤーBに資材を融資してAを妨害する行為を指します。これって一見短期的には自分は得をしませんが(自分の点は増えていないので)、長期的に見ればAの勝利を遅らせたことで自分にも勝ちの芽が出てくるので自分も得をしています。ある程度カタンをやっている人ならこういう場面に遭遇したことがあるはずです。ただこの交渉が成立するのって全プレイヤーが合理的である場合に限られるんですよね。「俺はこのターン損するのが嫌だ!融資したくない!」というプレイヤーがいれば普通にAが勝ちます。1on1対戦ゲームであればゲームシステムによってのみ勝敗が左右されますが、ボドゲは人間という不確定要素が介入することでロジックでは解決できないエラーが発生する余地が発生します。

 

 

理の交渉、情の交渉

では先述のようなエラーはどうして発生するのでしょうか。一つはその人が単純に下手なプレイヤーであるからです。論理が通じず気分でプレイする、目先の利益しか見えないプレイヤーはロジカルな交渉では説得できないかもしれません。ただこのパターンは順当に下手な人が負けるのでロジカルプレイヤーにとって大きな障害にはなりません。

二つ目の要因はプレイヤー同士で大局観が異なっているからです。散々使っている「合理的」という単語は、あくまで神視点での意味であって、実際はプレイヤーごとに意味合いが変わってきます。プレイヤーAの勝利を妨害するためにプレイヤーBに最長交易路を獲得させる融資を行うという先ほどの例でいくと、もしかしたらプレイヤーCは自身が最長交易路を獲得することが勝利条件だと思っていて交渉に応じないのかもしれません。Aに上がられる可能性が高いリスクを負ってでもBに最長交易路を渡さないことが長期的な自身にとって合理的だと考えている場合ですね。これに関してはロジカルなプレイヤー同士でも普通に起こり得ることです。ただしこの場合は交渉と説得によりCを協力させることができる可能性があります。コミュニケーションで互いの価値観のすり合わせができればエラーを潰すことができます。

三つ目の要因は感情の不確定性によるものです。繰り返しになりますが、ボードゲームは対戦の場であると同時にコミュニケーションの場であり、コミュニケーションはロジックだけでは成り立ちません。

 

例えば「木を1つ提供するので土を1つください」という内容でAがBに交渉をする場面を想像してください。仮に「Bさんにとって土は希少な資材だからこの交渉はあなたにとっても良い条件なんですよ(だから交渉に応じてください)」とAさんが発言した場合。この交渉のお互いのメリットを説明し交渉に乗ってもらうとする、これは「理」の交渉です。

ではここでAさんが、「この交渉は俺(A)にとって〇〇というメリットがあって~、Bさんにとっては▲▲で~、今この状況ではCとDが■■だから~~、(中略)結果★★なので交渉に乗ってください(発言時間5分)」と語りかけた場合はどうでしょう。この場合でもそれぞれの利得について説明した上で交渉してるので理論的な内容はほぼ変わらないはずですが、Bさんは(なんか話長いな~、必死だな~)と不信感を募らせるかもしれません。加えて高圧的であったり、乱暴であったり、オドオドしていたりしても同じように人に不信感を抱かせます。人の話し言葉パロール)には発言の内容以外にも口調や抑揚、話の長さやアクセントなど様々な意味が乗っかているのです。

そもそもカタンでは各プレイヤーが勝利に向かって行動するものとする、という前提条件がある以上、交渉えお吹っ掛けられたBにとってメリットのある交渉でも実際は吹っ掛ける側にとっても何らかのメリットがあるわけで、交渉の真意は吹っ掛ける側のその人しか知り得ません。なので発言で不要な情報を乗っけることはそれ自体が疑念というリスクを孕みます。ある人が論理的に正しいことを言っていたとしても他人が発言者に疑念を持っていれば交渉が通らなくなることもあります。何だかんだ言っても人間は理だけではなく情で動く生き物なので、他者の信頼を得ることも結構大事な要素です。そして信頼を得るためには理だけでなく情が必要になることもあります。それは恩だったり、話し方といった情報だったり、パーソナリティだったりするわけです。この辺っていかに相手を蹴落として優位に立つかという戦場を生き抜いてきた対戦ゲーマーだと抜けがちな視点なので自戒も込めて語っておきます。

 

コミュニケーションは論理だけじゃうまくいかないこともあるというだけの内容で長くなってしまいましたが、この辺で終わります。

 

2023年3・4月履修コンテンツ おにまい/グリッドマンユニバース/ハリーポッター/ゆゆうたetc

高校以来サボっていた歯科検診に行ったところ親知らず4本全てが虫歯になっていることが発覚、2月以降は歯医者に通いまくり痛みに耐えていた期間でした。虫歯はほぼ100%自然治癒しないと聞いてはいましたが自分は希少な数%の人間と過信していました。今後凡人として生きていきます。

 

アニメ

お兄ちゃんはおしまい!

スパイ教室

転生王女と天才令嬢の魔法革命

お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件

進撃の巨人Final season

進撃の巨人Final season完結編<前編>

 

ゲーム

サクラノ刻

 

漫画

ハイパーインフレーション

 

書籍

現代思想の冒険

現代思想の教科書

利己的な遺伝子

 

映画

グリッドマンユニバース

ハリーポッターと賢者の石

ハリーポッターと秘密の部屋

ハリーポッターとアズカバンの囚人

ハリーポッターと炎のゴブレット

ハリーポッターと不死鳥の騎士団

ハリーポッターと謎のプリンス

ハリーポッターと死の秘宝PART1

ハリーポッターと死の秘宝PART2

 

YouTube

ゆゆうた

桜井政博のゲームを作るには

 

ピックアップ

お兄ちゃんはおしまい!

一般的には後半に入って失速したと言われてますが、僕はむしろ後半の方が好きでした。確かに後半ってまひろが普通に中学生として生活するだけであまりTS要素が関わってこないので、この作品の魅力が発揮されないという意見も一理あります。ただ彼がTSしたそもそもの原因ってニート生活の更生のためじゃないですか。じゃあ彼がJCとして普通のスクールライフが送れているということはTSのおかげで社会復帰ができていることと同義です。視聴者的には面白くない彼の日常生活そのものがストーリーの進行を意味していることになります。なのでTSあるあるを擦っている前半より学校編の後半の方が僕は好みなんですよね。

それと僕が学校編で好きなシーンがまひろが無意識にクラスの男子中学生を誘惑してしまうシーンです。例えば見た目男子中学生がJCの輪に入って恋バナとかしてると確実にハブられますが、性別が逆で男っぽい趣味の女子が男子の輪に入ろうとするのは歓迎されます。彼は自分に美少女のガワがついている自覚が薄いので、自分がオタサーの姫化していることに気付かないのがまたいいですね。廃人ゲーマーという彼のアイデンティティは同性の友達との間では秘匿すべきものですが、異性との関わりにおいて公開できるという点でTSものらしいですね。TS作品は普段好んでは見ないのですが、身体的な側面よりこういう社会的なアプローチをしてくれるほうが個人的にいいです。

補足:違和感なく中学生のコミュニティに入れる辺りまひろの精神年齢の低さが伺えます。社会経験のないニートっぽくていいですね。

 

 

グリッドマンユニバース


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めちゃくちゃ面白かった!!TRIGGERの美麗な作画・CG技術から生まれる大迫力の戦闘シーン、特撮オタクの願望を詰め込んだ圧倒的カロリーのロボアクションは劇場の設備の臨場感があってこそ。のちにサブスクで見たとしても半分も熱量は伝わらないので今すぐアニメ版『SSSS.GRIDMAN』『SSSS.DYNAZENON』を鑑賞し映画館へ行きましょう。

シナリオ面を見ると、『グリユニ』はアニメ版での積み残しを回収すると同時にフィクションを肯定する物語と言い表せます。虚構と現実、ひいてはユートピアと過酷な現実世界の対立というテーマはアニメや漫画界では使い古されていて、エヴァなら人類補完計画NARUTOなら無限月読といくらでも例を挙げることができます。それで紆余曲折ありながらも最終的に現実世界を生きるというのが従来のテンプレートな回答と言ってよいかと思います。で、『グリユニ』で興味深いのはこの問いに対して虚構か現実かの二者択一ではなくリアルを生きながらも虚構を肯定する姿勢をとった点です。

作中で最もそのことに示唆的な発言が「人間とはフィクションを楽しめる唯一の生物だよ」という台詞です。虚構に逃避するでも虚構を捨てるのでもなく虚構を咀嚼した上で現実を生きるというスタンスは令和を生きる我々の実感に即した価値観です。90年代やゼロ年代と比べるとオタクでなくともアニメや漫画は見てますし、過去のオタク文化はある程度大衆に浸透してきています。電車男のようなオタクは減少し、若者の多くがアニメの感想を友人と語らう風景が現代のスタンダードです。

『グリユニ』ではどのメタレベルの人物も虚構を通じて彼らのリアルを豊かにしていきます。文化祭の演劇を通じて仲を深める裕太や立花。怪獣のいる世界を作って退屈な日常を変えようとした新条アカネ。さらにメタレベルを上げれば『グリッドマンユニバース』を鑑賞する僕たち。いずれも創作だからとないがしろにせず現実を豊かにする材料としてフィクションと向かい合っています。ゆえに「設定に無理がある」とか「リアリティに欠ける」といったツッコミはナンセンスなのです。彼ら(僕ら)はフィクションだと理解した上でグリッドマンを楽しんでいるし、フィクサービームで景観が元通りになり記憶にしか彼らが残っていなくても、グリッドマンという虚構は確かに彼らの人生に影響を与えていたので問題はありません。ファンサービス塗れでやりたい放題のお祭り映画であるという方針も、上記のフィクションへのスタンスを示していることで全面的に肯定されるのです。

見ごたえのあるアクション、可愛いヒロインズ、ポジティブなシナリオ、それらが2時間に濃縮されて提供され、映画館を去るときには言い知れぬ多幸感に包まれるような、娯楽として最上級の一本でした。

補足:敵が背景のないぽっと出の謎怪獣である点も良く考えれば納得できます。一連の騒動もフィクションだと割り切っているということは、騒動自体が最終的に自己の内面に回収されることを意味します。つまり敵がどんなやつかというより大好きなグリッドマンやロボットがどう活躍するか、自分がどうそれを楽しむかという問題に変換されるために敵の背景は相対的に軽視されるのです。文化祭の演劇やヨモギの蟹のくだりも同じで、劇の内容や蟹の味そのものより劇の手伝いを通じて六花と仲良くなれたとか、蟹を口実にヨモユメが家族公認の仲になれたとかのほうが大事なわけです。作中で描かれた、虚構をリアルにうまく利用するスタンスはこの辺にも関わってきているのだと深読みしています。

 

 

ハリーポッターシリーズ

申し訳ないけど大して面白くなかった。でもこれは僕がアニメや映画に触れすぎて順張り作品に新規性を見出せなかっただけの話で作品自体は悪くないです。20年前の小説と考えれば当時この世界観を提出できるのは革新的ですし売れるのも理解できます。興行的にヒットした作品はその価値観が後のスタンダードとなるので後から見れば当然順張りになります。よってある程度エンタメに精通した層にとっては新鮮味に欠けるのはしょうがないところではあります。

ストーリーはありきたりですが世界観はかなり魅力的で、幼少期に見てたら確実に魔法呪文を暗唱するガキに育っていた自信があります。僕は基本日本のアニメ中心に見てるので欧米作品という意味では新鮮味がありました。ジャパニーズ魔法ものならデフォルメされたマスコットやらポップな表現がデフォルトですがハリポタは普通に敵がキモいしグロいしでカルチャーショックでしたね。あとキャラがもれなく全員性格が悪い!しょうもないことで仲間割れしたり嫌がらせしたり裏切ったり何かしら陰湿な部分があるのはドラマとかの実写媒体の特性ですよね。僕は幼稚なオタクなので萌えアニメの作為的な甘い世界のほうが好みだったりします。まあハリポタは小学校に書籍が置いてあるくらい広い世代に浸透しているので、多分いつものように僕の負けです。

 

 

ゆゆうた


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正確にはゆゆうた本チャンネルではなく切り抜きチャンネルの方です。ゆゆうたって世間的には加藤純一の腰巾着のホモガキってイメージで、ここだけ抜き出すと普通にカスの配信者ですが僕は割と好きです。僕が彼を好きな理由は真の陰キャでなおかつ感性が健常寄りだからです。加藤純一がガチ陽キャなのは見れば分かるじゃないですか。オタクコンテンツ嫌いで、トークスキル高くて人を馬鹿にする笑いのスタイルですよね。あれはたまたまゲーム配信やってるだけでスクールカースト上位の人間の立ち振る舞いです。一方ゆゆうたは底辺のオタクが上位層に媚び売ってなんとかいじめられないようにヘイト管理しているようないじらしさがあります。加藤に逆らえないから表面上はVtuberを小バカにしてますが、根っこは相当な陰キャです。アニソンを弾き語りしているときとか90~ゼロ年代アニメについて語っている時の満面の笑みとオタク特有の早口こそ彼の本性でしょう。で、彼は陰キャの癖に割と常識人なんですよね。普通名の知れた配信者ってどこかしら異常性があるものじゃないですか。狂気があるから再生されるのであって没個性だと埋もれてしまう。彼は普通だからこそ淫夢厨に擦り寄ってバズったわけですよね。そういう良くも悪くも配信に向かないガチの凡人が頑張っているところに共感したり自己投影したりで後方支援者面で見ているようなところがあります。

あと配信内容では建設業界とか音ゲーとか自分の得意分野で饒舌になるところは好きです。

補足:同じく加藤ファミリーの陰キャにもこう先生がいますが、彼は狂人のふりをした凡人に見せかけた狂人なのでゆゆうたとは違います。陰キャ具合はゆゆうたより上ですが、人を引き付けるカリスマとか常人では真似できないリアクションとか嫌われない立ち回りが無意識でできるあたり配信向きの人間と言えます。

 

 

桜井政博のゲームを作るには


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かの有名なカービィスマブラの生みの親であるゲームクリエイター桜井政博氏によるチャンネル。チャンネル名通り基本はクリエイター向けの情報を発信するチャンネルですがプレイヤー視点でもかなり勉強になります。桜井氏はゲーム体験の肝は「リスクとリターン」にあると繰り返します。プレイヤーからすると最小限のリスクで最大のリターンを獲得することに快感を覚えるし、クリエイターはそのバランスを考えて製作すべきであると彼は主張します。ただ難しいだけのゲームは一般に受け入れられないし、逆に無敵に近いキャラを操作するゲームもカタルシスがありません。ゲームシステムにある程度の幅を設けて、その中でプレイヤーが試行錯誤し最も高い期待値を出せる行動をできたとき気持ちいいというのはカードゲームをイメージすると分かりやすいです。思えば売れているゲームは多くがリスクとリターンを上手く扱っています。

もう一つこのチャンネルの白眉を挙げるとすれば、プレゼンがかなり上手い点です。貼っているカービィの動画が顕著ですが、課題点を解決するためにコンセプトを決め、それに従ってなおかつ面白いゲームを作るというPDCAサイクルの構築が見事です。例えばカービィなら、当時ブルーオーシャンだった初心者向けゲームを作りたい→落下死しないようホバリング機能がある横スクロールアクション→簡単になりすぎないよう画面構成を調整・・・といったように。これを平易で分かりやすく、かつコンパクトした上でプレゼンだけでワクワクさせるような企画を作る能力が凄いです。仮にゲームをやらない人であっても普通に社会人なら参考になるチャンネルなので一見の価値ありです。

 

2023年1・2月履修コンテンツ 久保さん/天使様/サクラノ詩/ポリコレ批判本etc

 

 

アニメ

お兄ちゃんはおしまい!

スパイ教室

転生王女と天才令嬢の魔法革命

久保さんは僕を許さない

お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件

 

ゲーム

サクラノ詩

 

漫画

ぼっち・ざ・ろっく!(1~5巻)

久保さんは僕を許さない(1~139話)

 

書籍

「社会正義」はいつも正しい

 

YouTube

からすまAチャンネル

 

 

ピックアップ

久保さんは僕を許さない

高木さん系の作品(特定の美少女がなぜかモブ顔の主人公にだけ優しく思わせぶりな行動をとってくるアニメ・漫画のこと)って卑屈なオタクの願望が前面に出てるのが気持ち悪くて敬遠していたんですけど、食わず嫌いせず見てみるとそこそこ面白いですね。オタクの妄想するシチュエーションを萌えキャラがやってるだけで視聴に耐えうるので美少女は偉大です。

『久保さん』も高木さん系なので久保さんが主人公をからかってるのが基本姿勢なんですが、中盤で久保さんが恋心を自覚して以降は普通のラブコメと化してきます。序盤久保さんが主人公をからかって主人公の男を上げた後、これまでからかいの対象だと思ってた主人公の不意のイケメン行動に久保さんが恋愛感情を抱いてしまいます。僕としてはヒロインの赤面は好きなのでいいんですが、この手の作品を主人公に自己投影して楽しんでいる層からするとあまり面白くないのかもしれません。ただコメント欄では二人の関係性に悶えている人が多そうなので杞憂だとは思いますが。

 

 

お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件

面白いんですがめちゃくちゃキモいです。特に特徴のないネクラ主人公に学校一の美少女が優しくしてくれるというプロットはそこらのラノベでありがちなんですが、優しくしてくれるの度合いが違います。ヒロインはなぜか毎日主人公の家にいて料理掃除洗濯など介護かというレベルで主人公の世話を焼いてくれます。で、親や友人から「学校一の美少女に尽くしてもらえて羨ましい」と弄られても主人公は「いや、俺はあいつと付き合ってるわけでも恋愛的に好きなわけでもねーし」とスカしてるんですよね。

特にキモいのがヒロインは毒親持ちで愛情に飢えていてその穴を埋めてくれるから主人公に尽くしてくれるという構図です。天使様は学校一の美少女なので周囲のモブにはちやほやされるんですが、そういうのは上辺だけの愛情と切り捨て、逆に普段冷笑的な主人公を本当の私を見てくれる態度と肯定するのがヤバい。冷静に考えてヒロインの献身性と主人公の愛情が釣り合ってないんですが、それこそがさらにヒロインのツボを刺激し依存するという加害性が隠されているのがミソです。

そういう前提のもとヒロインが尽くしまくる様を楽しむゴリゴリの男尊女卑作品ですが、最近は主人公も恋心を自覚したようでラブコメとして面白くなってきました。フェミに見つかったらリンチされる類のアニメなので細々とやっていて欲しいです。

 

 

サクラノ詩

2年前にプレイしていましたが新作が出るので再履。名作は何度やっても面白い。

前作『素晴らしき日々』のテーマを「自己」と「非日常」と考えると『サクラノ詩』のそれは「他者」と「日常」でしょう。ありふれた日常こそ尊いものだという青春作品で用いられがちなモチーフを芸術と関連付けて多角的に描いている点がかなり斬新で、そこから派生して死生観、神、幸福論へと論理が発展していく様はライターの教養の深さを感じさせます。エンタメとしても面白いですがプレイヤーの価値観に訴えかける側面も強く、シリーズプレイ後に哲学書を齧り始める人も多いのではないでしょうか。

『すば日々』は非日常的な猟奇事件を通してウィトゲンシュタイン論理哲学論考』の理論をベースに自己と世界について考察することでありふれた日常を肯定しますが、『サクラノ詩』では終盤で日常を喪失することで逆説的に過去の日常を肯定しています。大人になり肉親や友人を失ってもなお彼らは幸福足り得るか?という問いが『サクラノ詩』において大きなウエイトを占めており、ここで芸術そして「他者」というモチーフが接続されます。

「芸術とは人生の批評である」「批評とは何かに価値を見出す行為である」と作中で言及されますが、批評とは定義上他者を必要とする行為です。そして芸術が批評であるならば、芸術もまた他者との関わりの中で完成されます。主人公はまさにそれを体現しており、彼が作中で披露する芸術作品は全て他の芸術作品との比較の上で成立します。「他者の介在」という彼のこの姿勢はエロゲー的な複数ヒロインとのコミュニティや青春作品のテーマとも呼応し彼らは素晴らしい日々を過ごしますが、そんな時間も有限でいずれ失われます。しかし芸術作品の、鑑賞者の批評によって何度でも制作の瞬間は蘇るという性質により、彼らの青春は永遠となり後世でも幸福に生きることができるという結論は結構感動しました。言っていることはそこそこベタなんですけど、そこに持っていく過程と論理が抜群に上手いんですよね。

もう一つ好きなポイントは『すば日々』から通底する「幸福と絶望は裏表」という価値観です。「絶望への道は善意で舗装されている」「幸福の裏側には絶望がべったりと貼りついている」「幸福は美酒のよう」と色々言い換えられてはいますが、この価値観は作中で頻出で、僕もかなり共感するところがあります。本当の幸福はリアルタイムでは知覚できず、失って初めて気付くという話はこれまた頻出のテーマですが、やっぱり例えが上手くて感心します。

とりあえず次回作『サクラノ刻』、期待大です。

 

 

「社会正義」はいつも正しい

タイトルは皮肉で、実際はポリコレ批判の本です。マーベルやディズニー映画で顕著ですが、近年はマイノリティ層への配慮からやたらとゲイや黒人、肥満者がメインキャラに据えられがちです。一見過剰な配慮は、彼らの逆鱗に触れれば社会的に潰されるからで、こうした流れはキャンセルカルチャーと呼ばれます。この本ではこのおかしな風潮の源流はどこにあって、それがどのように発展してきたか、そして現代で及ぼしている影響などを体系的に説明しています。序章で著者のスタンスを明示しつつ細かく章立てて書いてあるおかげで読みやすかったです。

マジョリティ側は理論で物事を考えるのに対してマイノリティ側(ポリコレ)はお気持ちで物事を考えるという主張はある程度説得力があります。Twitter上では毎日のようにフェミニストが難癖をつけて暴れまわっていますが、彼女らは自身の実体験が価値判断の基準であり、反対意見は権力に支配された強者側の言い分だとして聞く耳を持ちません。そのため彼女らに対しどれだけロジカルに反論しても無意味なのです。しかしこの異常な理屈が力を持ってしまっているゆえにアメリカ映画界の惨状があるわけで、フェミ側が叩かれてる現状の日本サイドはまだマシなのかもしれません。

ちなみにそんな状況の欧米でこんなポリコレに喧嘩売る本出して大丈夫なのかと思って後書きを読んでたら該当層からしっかり叩かれてるらしくて笑いました。

 

 

からすまAチャンネル


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クソゲーの解説動画を投稿するチャンネル。僕はクソゲーには「動」のクソゲーと「静」のクソゲーがあると思っています。「動」のクソゲーとは「キャラクターの挙動がおかしくなるバグがある」「クリアにかかる難易度が理不尽」といった動画映えするような派手な減点要素があるものを指し、一方で「静」のクソゲーとは「内容が薄い」「中身のない作業を延々とさせられる」といった、それ自体は笑えず単純につまらないゲームを指します(今考えました)。このチャンネルの魅力は後者のような動画映えしないタイトルも編集で視聴に耐えうるものに昇華させてしまう点にあります。編集といっても昔のニコニコ動画で流行ったようなネットミームを切り貼りしたものが多いのですが、カスみたいな素材にしては上手に調理できています。クソゲーの大半は後者のような静のクソゲーであり、月に数本動画を投稿する都合上虚無ゲーを頑張って味付けする技術が身に付いたかと思うと泣けてきます。ニコニコ動画で育った世代は楽しめるチャンネルだと思います。

2022年11・12月履修コンテンツ 咲/C/ぼざろ/ポケモンSVetc

2022年総括記事でも書こうかと思いましたが、今年は定期的に履修コンテンツ記事を書いて記憶を整理していたおかげでわざわざ書く必要もなさそうです。11月下旬からは一生ポケモンして片手間にアニメを見る生活でしたが、全体的に豊作なクールだったおかげで退屈しませんでした。

 

 

アニメ

ジョジョの奇妙な冒険ストーンオーシャン(25話~38話)

咲 -Saki-(全24話)

咲 -Saki- 阿知賀編 episode of side-A(全16話)

咲 -Saki- 全国編(全13話)

C(全11話)

機動戦士ガンダム水星の魔女

アキバ冥土戦争(全12話)

ぼっち・ざ・ろっく!(全12話)

BLEACH千年血戦編(全13話)

チェンソーマン(全12話)

恋愛フロップス

 

 

ゲーム

ポケットモンスタースカーレット/ヴァイオレット

 

映画

劇場版ゆるキャン△

 

漫画

NARUTO(全72巻)

 

書籍

悪い夏

 

 

ピックアップ

咲シリーズ

麻雀を学んで約1年半、そろそろ麻雀漫画に手を出してもいいだろうと思い美少女が沢山出てる「咲」をチョイス。視聴前は超能力系アニメだと思っていて、あながち間違いでもないんですが意外と地に足着いた試合をしていました。麻雀というとギャンブルのイメージがありますが、本作はチームスポーツとしての側面を前面に押し出していて部活もののノリで楽しむことができます。

作品の目玉である多彩な能力も、麻雀という競技の性質上「運が良くなる」といった特性で表すことができます。これは部活ものと相性がいいです。例えば運要素ゼロの将棋なら対戦相手と明確な実力差がある場合逆転勝ちするのは現実的ではありません。一方麻雀なら部活ものでありがちな過去回想や気合い、仲間の応援による競技者の成長で逆転する展開も、「運量の押し付け合い」という単一の要素で能力の強さが定義されるため説得力を持たせることができます。精神面の成長はその場の実力の向上にはさほど繋がりませんが、運の良さといった論理的でない要素とはシナジーがあります。遊戯王とかで主人公が追い詰められるとトップで解決札を引いてくるのに近いです。

能力のことばかり書いてきましたが基本真面目に麻雀をしていて、ちゃんと理論派プレイヤーもいます。僕が好きなキャラであるピンク髪巨乳と援助交際してそうなキャラランキング1位の人は偶然その系統のキャラなんですが、能力バトル作品の性質上パッとしない扱いで悲しいです。

 

 

C

尊敬する大学の先輩のてらにーさんオススメのアニメ。金融を題材にした作品は珍しく斬新でした。こういうマネーゲームものって主人公が自身の利得のためにギャンブルに挑戦するのが普通ですが、「C」では他人のためにどう金を使うか?がテーマとなっています。他人のために金を使うのは敵味方共通していて、主人公は未来のため、敵の三國は現在のためと使途のベクトルが逆方向なので双方は対立します。特に面白いのが敵側はギルドを形成していますが、世界の資産を独占するためでなく、勝負に勝ち過ぎないようギリギリの戦いをするために結託しているところです。作中での勝負「ディール」の影響は現実世界にも及び、勝ちすぎてしまうと結果的に現在の世界が崩壊するので彼らはいい勝負を演出します。例えば大企業の社長をボコボコにして破産させると経営する会社の多くの従業員が路頭に迷い、彼らの鬱憤が社会に充満し景気が悪くなる、といった因果関係が資産の独占への抑止力となっている構図が上手いです。他人に配慮して勝つことで結果的に自分が得をするというのは、作中で「他人のために金を使ってこそ幸福になれる」みたいなことを言っていた三國の思想と一致します。

とここまで割と高評価してきましたが終盤の展開が個人的に微妙でした。終盤では大不況が起こり、三國は未来の金を担保に現在を救い、主人公はそれを阻止するというシナリオです。三國の行為で現在を救ったといっても、日本はかろうじて存続しているだけで不況には変わりないし子供も生まれず近いうちの破滅は変わりません。大多数の人が不幸になっている点でこの行為は共感しづらい上に、功利主義的な三國の思想ともズレています。主人公の魅力があまりなく三國のキャラで面白さを保っているところもあったので終盤が悔やまれる惜しい作品でした。

 

 

ぼっち・ざ・ろっく!

さすがに今期の覇権の面白さで、最終回後のロスに耐えられず原作を買ってしまいました。漫画版を読んで改めてアニメを見ると、アニメは演出など原作の補完に優れています。きらら作品ってキャラの顔と文字でコマが埋まってしまいテンポも一定という4コマ作品特有の縛りがありますが、ぼざろアニメは背景や間の使い方が上手くてその弱点を克服しています。今期で他にアニメ化で良くなった作品として「BLEACH」が挙げられます。以前のアニメ化は原作の進みの遅さによるテンポの悪さや通年放送ゆえの作画の悪さでクオリティは微妙でしたが、今回は完結している原作をそのままアニメ化しているので尺の問題を無視してハイクオリティな仕上がりです。一方今期の「チェンソーマン」のアニメは潤沢な資金で作った割にオタクからの評価はイマイチでした。それは原作のコマ割りやテンポによる独特の雰囲気を再現しきれなかったからだと思っています。つまりぼざろは4コマの制約を、BLEACHは前アニメの尺とテンポの問題を克服したことで成功し、チェンソーは原作の間やテンポを表現できなかったことでアニメ化の明暗が分かれたのだと解釈しています。

内容についてもぼざろはコメディシーンが面白くて、特にぼっちちゃんの多彩な陰キャネタは共感するところが多々あります。ぼっちちゃんって好きで一人になったわけじゃなくて、本当は真っ当に友達と青春を送りたかったけどコミュ障でそれができなかったから青春コンプレックスを抱えることになりました。普通の青春に関心がなく他人からの評価を気にしない人間は山田リョウのような孤独を愛する人間であって、ぼっちちゃんはそうではありません。理想と現実のギャップから自己肯定感が下がり、自己評価が低いから他人からの評価を期待して承認欲求モンスターになってしまったという彼女の性質の描写が抜群に上手くて感動しました。特に、他人との接点が薄いからお世辞を理解できずすぐ調子に乗るとか、会話の前に必ず「あっ」を付けるとか(原作でマジで殆どの台詞についてて驚きました)、コミュ障周りのネタのリアリティは秀逸でした。

ギターヒーローとしてネットで評価され、温かい家族に囲まれても後天的にリアルで評価される指標を持たなかった彼女は自己肯定感が低いままです。虹夏ちゃんに誘われてバンドをするようになってもすぐにコミュ障や青春コンプが解消されるわけではなく、一つずつ理想を実現することでしか真人間に近付けません。バンドの成長物語なら他の掲載誌でもできますが、きらら作品にありがちな「圧倒的な善性で構成される美少女コミュニティ」でないとぼっちちゃんの治療に必要な「記号化された青春」を送れないわけですね。

それとぼっちちゃんを軸にするにあたってバンドが部活動ではなくライブハウスを舞台にしているのもよかったです。これまで学校に馴染めなかったぼっちちゃんにとって学校の延長の部活は劇薬かもしれませんが、完全に学外のコミュニティのライブハウスなら新しい関係性を作りやすいです。加えて、実力がモノを言うライブハウスだからこそギターの腕だけは確かなぼっちちゃんにも活躍の芽が生まれます。そうして最終回で学校の文化祭で演奏することで1クールを通した学外でのぼっちちゃんの成長を実感できる構図になっています。

また、残酷なのがぼっちちゃんだけは実力を評価されているのに対し他3人はそうでないという点です。ライターやきくりなど大人から注目されるのはバンドそのものではなくぼっちちゃんだけです。8話や最終話のライブの危機も、コミュ力が高いとか性格が良いとかでは解決できませんでした。しょせん虹夏と山田と喜多の3人は良くも悪くも一般人でしかなく、彼女らだけではバンドとして上に行くことは難しいです。ただしぼっちちゃんのコミュ障と青春コンプレックスを治すには3人は必要だし、逆に3人はバンドとして成長するためにぼっちちゃんの圧倒的な才能を必要としているという相互に依存した関係が彼女たちは成り立っています。これを特に象徴しているのが喜多ちゃんとの関係、所謂ぼ喜多です。ぼっちちゃんは青春を謳歌する喜多ちゃんに憧れ、反対に喜多ちゃんは自分とは違い突出した才能を持つぼっちちゃんに憧れてる、相互に足りないものを持つ相手への願望があるのがいいですね。アニメのぼ喜多がやたら思わせぶりなので漫画を読んだら普通にギャグで消化されがちなのが悲報ですが、今後も僕はぼ喜多を応援し続けています。

 

 

ポケモンSV

戦闘狂なので早急なランクマッチ参戦のためシナリオはさっさと終わらせようと思っていましたが思いの外ストーリーが良かったです。ポケモンって世界的なコンテンツなので昨今はかなりリベラルに配慮していますが、今作はそれらをケアしつつ上質なストーリーに仕上がっていました。「自分だけの宝物を見つける」というゲーム中で何度か提示されるフレーズのとおり、何をやってもいいという方針はオープンワールド要素と噛み合っています。リベラル思想から派生したポリコレへの配慮も行き届いており、制服が男女同じだったり多人種の人間が登場したり、イケメン女子やプロレスラー女、家庭的な男など例を挙げればキリがありません。それらの要素が押しつけがましくなくスッと挿入される辺りレベルが高いです。

今回のシナリオは学校が舞台なだけに道徳の教材的な側面が強いです。先述のリベラル用やポリコレ要素しかり「相手を否定しない」思想が通底していて、基本放任主義で要所要所で大人が子供に教えるという構図は最後まで一貫しています。伝説のポケモンや子供である主人公が成長して最後に戦う相手が(友人の)親ってのもいいですね。ここでのラスボスの博士は倒すべき悪ではなく救うべき一人の大人というのは、博士は最初に主人公を導く、親のような存在という従来のスタンスの反転で、主人公の成長を強調するのに最も適した立場の大人なので感心しました。

過去作と比較すると話のスケールは小さいですが、総じて綺麗に纏まっていて過去最高の仕上がりだったと思います。

 

 

アキバ冥土戦争

中盤までは面白かったですが後半失速した印象。1話の歌いながら銃を乱射するシーンは印象的で覇権きたかと思っていましたが、中盤からメイド服着てるだけの普通の任侠ヤクザものになってしまい残念。アキバのメイド喫茶群をヤクザのそれに当てはめる設定自体は面白いですが、さすがにそれ一本で最後まで引っ張るのは無理があるし、コメディシーンは好きでしたが終盤シリアスになるにつれてそれも減っていってしまいました。

1話の銃乱射は実はエアガンとか血しぶきはケチャップとかそんなオチかと思ったらしっかり殺人をしていて、登場人物の誰もが最終的に暴力に走る倫理観のなさはかなり好きです。特に最初は常識人枠だったなごみも、段々狂ってきて最終的に最も暴力的なキャラになり戦争を仕掛けるのはよかったです。最近は行儀の良いアニメが多いのでこれくらいネジが飛んだアニメは定期的に欲しいです。ニコニコで見るのにオススメのアニメでした。

 

 

恋愛フロップス

多分自分しか見てないからネタで覇権ってツイートしてたら中盤から本当に覇権のオーラを見せ始めて驚くも、普通に終盤つまらなかったアニメ。やってることはちょっと前の名作エロゲーで、序盤は各ヒロインと交流を深め中盤で世界の謎が明かされていくタイプのシナリオです。一言で表現するなら汚くて泣けないリトバスだと思ってください。誰も今更見ないと思うのでネタバレしますが、実は主人公が過ごしてたと思ってた世界は仮想現実でヒロインはAIだったという世界の秘密が明かされるシーンはベタですが盛り上がりました。以降メインヒロインを助けに行くシリアス展開になるんですがまあ面白くない。ヒロインとの感動の離別シーンも序盤下ネタまみれだったせいでカタルシスも何もないので終始冷めた目で眺めてました。思い返してみれば一生序盤の下ネタ路線を擦ってた方が楽しめたかもしれません。

アニメは見なくてもいいですが曲はよかったので暇な人はOPを聞いてみてください。